投げつけて後悔… 泣きやまない赤ちゃん、どうすれば 

大久保真紀
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 みなさんは、何をやっても子どもが泣きやまずにどうしていいかわからなくなったことはありませんか? イライラから突発的に乳幼児を強く揺さぶったり、投げたりしてしまう人もいて、子どもが頭部に傷を負うことがあります。だれに起こってもおかしくないと言われています。この問題について、考えてみたいと思います。

頭部外傷 誰でも可能性

 乳幼児の頭部を激しく揺さぶったり、投げつける、打ちつけるなどの行為で衝撃が加わったりすると、脳の損傷や血管の断裂などが起こるといわれています。軽い場合は、嘔吐(おうと)や不機嫌、ミルクを飲まないなどの症状がみられます。重い場合は、けいれんや意識障害、呼吸障害が起こり、死亡したり、重い障害が残ったりすることもあります。

 かつては「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS:Shaken Baby Syndrome)」と呼ばれましたが、最近は、揺さぶりだけでなく頭部への衝撃も含めて「虐待による乳幼児頭部外傷(AHT:Abusive Head Trauma in Infants and Children)」と呼ぶよう提唱されています。専門家によると、AHTは4分の1が亡くなり、生存しても約半数が生涯残る重い障害を負うそうです。

 第15次の厚生労働省の死亡事例検証報告では、2017年度の3歳未満の死亡原因は、頭部外傷(9人)が最も多く、全体の36%を占めます。また、その半数以上は揺さぶりによるものとなっています。

 日本では2000年代に広く知られるようになりました。硬膜下血腫、脳の損傷、眼底出血の「三徴候」と呼ばれる所見があると、AHTが疑われます。ただし、医師はさまざまな検査をして三徴候以外にも骨折やあざなどの身体状況、病歴、発達などを見て、親の説明を聞き、総合的に判断します。

 疑いが否定できなければ、児童相談所に虐待通告をし、児相は子どもの安全を守る必要があると判断した場合に、子どもを一時保護します。

 ところが近ごろ、児相への通報をためらっているのではないかとみられることも起こっています。

相次ぐ無罪 通報ためらう病院

 東日本のある病院では、昨年、乳児が嘔吐の症状で受診しました。いろいろな検査をしても原因がわからず、CT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴断層撮影)を撮ったところ、わずかな硬膜下血腫が認められました。両親の話を聞いても何があったのかわからず、医師はAHTを否定できないと考え、児相への通告を考えたそうです。ですが、病院内で「AHTとは決めつけられない」との声があり、結局そのまま帰宅させました。

 ところが、数カ月後、今度は乳児のきょうだいがけいれんを起こして救急車で運び込まれました。硬膜下血腫や脳の損傷が認められ、腕や肋骨(ろっこつ)も骨折していました。児相に連絡したそうです。

 「最初の疑いで通告していたら、きょうだいは守ることができた」とかかわった医師は肩を落とします。

 病院が通報をためらう事情のひとつには、虐待をめぐる刑事裁判が関係しているという声があります。

 子どもが死亡したり重篤なけがをしたりすれば、加害者が逮捕され、刑事責任を問われることがあります。ただ、刑事裁判では17年12月以降、関西を中心に少なくともSBSをめぐって7件の無罪判決が出ています。頭部の出血が、ほかの要因で生じた可能性が否定できないなどと裁判所が判断しました。

 弁護士たちは「冤罪(えんざい)はあってはならない」として、「三徴候があったからといって揺さぶりと決めつけるのはおかしい」と主張、「虐待が過剰診断されている」としています。そのため、長年虐待に取り組んできた医師や日本小児科学会と対立するという事態になっています。

医師ら懸念「親を罰したいのではない」

 医療現場では、裁判で無罪判決が相次ぐ中、児相に通告しない動きが広がることを危惧する声が上がっています。虐待問題に取り組んできた国保旭中央病院千葉県)の仙田昌義・小児科部長は「裁判で無罪判決が相次ぎ、事故の可能性があるから児相には通告しないとなるのが怖い」と語ります。「私たちは親を罰したいのではない。子どもを守るためには、AHTの疑いがあれば児相に通告する必要がある」と話します。

 東京都立小児総合医療センターの井原哲・脳神経外科医長によると、頭部にけがをして病院に来る子どもは年間約千人で、そのうち入院するのは20人いるかいないか。手術するほどの重傷は数人で、「家庭で重傷の頭部外傷を負うのは例外的な極めて珍しいこと」と指摘します。

 さらに「AHTは存在するし、揺さぶりが危険な行為であることは間違いない。転落や転倒でも急性硬膜下血腫が生じることはあるが、重症化することは極めてまれ。重傷の場合は、転倒や転落だと保護者が説明しても『事故だから問題ないですね』とはならない。虚偽の申告の可能性もあるし、事故だとしても不適切な養育環境があるかもしれない」として、児相通告は免れられないと主張します。「法廷での無罪と保護者が納得しない児相の一時保護を同列にして、『冤罪』『連れ去り』といった表現をするのは不適切と感じます」

子の利益 最優先に

 AHTをめぐっては、海外でも裁判で無罪になるケースが出ており、日本、米国、スウェーデンの小児科学会、欧州、米国、ラテンアメリカの小児放射線学会など世界の15団体が、法廷では医学的根拠のない仮説が飛び交う状況になっているなどと指摘する国際共同合意声明を発表しています。

 「刑事事件では『疑わしきは被告人の利益に』が原則だが、子ども家庭福祉の世界では『疑わしきは子どもの利益に』を原則にしなくてはなりません」。AHTに詳しい医師で、NPO法人チャイルドファーストジャパンの山田不二子理事長は、子どもの権利が最優先であると訴えます。裁判については「長年、専門家が培ってきた国際的な知見は重いが、なぜ重症の脳損傷が起きるのか科学的なメカニズムはまだ解明されていない。そのため、加害者が自供しないと、刑事司法では立証は難しいというのは否めない」と見ています。

 昨年度まで横浜市中央児相に勤務し、現在は東京都港区で児相設置準備担当部長を務める田崎みどりさんは、これまで多くの親子に対応してきました。「児相としては、虐待だったとしても事故だったとしても子どもが傷ついていれば、二度と同じことが起きないようにするというのが基本姿勢。追い詰められて虐待をしてしまう親もいる。親が悪いと責めるのではなく、児相がやるべきは子どもの命と安全を守るために親を支援し、親と協力していくことなのです」

我慢できない時 離れてみて 藤原武男・東京医科歯科大教授(公衆衛生学

 千葉県や愛知県の自治体で子どもの3~4カ月健診を受ける親たちを私が調査したところ、赤ちゃんへの揺さぶりは3~4%、口をふさぐのは2~3%の人がしたことがあると自己申告しています。この数字から推測すると、日本でも欧米同様、1歳未満の乳児10万人に30~40人程度のAHTが発生しているのではないかとみられます。

 調査からは①妊娠がうれしくなかった②妊娠中のDV(配偶者、恋人などからの暴力)③母親が常勤で働いている④初産⑤10階以上の集合住宅の居住⑥泣くことが多いと感じている⑦産後うつ⑧相談できる人の数が少ない――などがリスク要因であることもわかりました。

 AHTは、泣きやまない赤ちゃんにイライラして、虐待傾向のない親でも突発的にしてしまうことがあるといわれています。防ぐためには、赤ちゃんの泣き方の特徴を知ることが大切です。赤ちゃんが泣くのは当たり前で、1日5時間以上、激しく泣くこともあります。

 これまでの研究で、生後2カ月のころに泣きのピークがあり、何をやっても泣きやまないことがあることがわかっています。しかし、その後は、和らいでいきます。

 赤ちゃんが泣きやまず我慢しきれなかったら、赤ちゃんを安全な場所に寝かせ、その場を離れてかまいません。数分かけて自分を落ち着かせて戻り、赤ちゃんの様子を確認すればいいのです。無理やり泣きやまそうとしないことが肝要です。決して激しく揺さぶったり暴力を振るったりしないでください。

 一方で、赤ちゃんが泣いていることに「うるさい」と声を荒らげるのではなく、「大変だね」と温かい目を向けられる社会であることも求められています。

投げつけ後悔■一人の時間を

 フォーラムアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

●布団に投げつけた

 とにかく夜中に寝てくれなかったとき、10カ月の子どもを布団に投げつけたことがある。後悔にさいなまれて、夜中になきじゃくり壁をたたくなどした。夫はなだめてくれたが、寝かしつけを代わることはなかった。(愛知県・30代女性)

●1人になる時間つくって!

 母がいなかったら、間違いなく私は赤ちゃんを揺さぶって殺していた。1日でいいから夜から朝まで通して眠りたかった。母は「泣いても死なないから」と赤ちゃんを預かってくれた。安心して預けられる人が身近にいることは大事。親が頼れないなら、お友だちをつくって少し1人になる時間つくって!(東京都・40代女性)

●環境が人を虐待させる

 児童養護施設で担当した幼児がなかなか寝なくて遅くまで家に帰れず、朝も早く、育児ノイローゼ気味でした。泣きやまない幼児を抱き抱えながら、イライラのあまりグッとつねっていた記憶もあります。今では考えられません。環境が人を虐待させると身をもって知っています。本当に申し訳ないことをしていたと悔いています。(愛知県・30代女性)

●夜泣きで寝不足のまま出勤

 長男は夜なかなか寝ませんでした。「風に当てるといい」「だっこして外を散歩するといい」などと聞きましたがあまり効果はなく、寝たとしても布団に置くときにまた起きてゼロからスタート。夜泣きもひどく、1歳前後になっても2時間おきに泣きました。仕事中に昼寝することでなんとか生きていましたが、周りからは冷たい目で見られていたと思います。(東京都・30代男性)

●母親の孤独は虐待につながる

 今となっては虐待だったなと思うことを度々していた。乳幼児期、突き飛ばしたこともあるし、おなかを蹴ったこともある。乳幼児期は一番イライラして手が出やすい時期だと思う。親も友だちもいない、転勤族で孤独に子育てしてきた。母親の孤独は虐待につながりやすいと思う。(北海道・30代女性)

●「しんどい」と言える環境に

 私は保育士をしていて子どもの発達段階や特性の知識を持っているにもかかわらず、子育てをする中で自分の子どもにはイライラすることがたくさんありました。子どもの発達を理解している保育士でもイライラするのだから、初めて子育てをする世間のお母さんたちはもっとたくさん悩んだりイライラしたりするのではと自分の子どもを持ち、改めて感じました。そんな中で、身近に助けてくれる人や相談出来る相手や機関があるかが、一番大きいのではないかと思います。しんどいことをしんどいと言えるだけで、子育てに向かう気持ちが違うからです。社会が世の中のお母さんたちを笑顔で見守る存在になってくれれば、母親たちもおおらかな気持ちで子育てに臨めると思います。(京都府・30代女性)

     ◇

 私がAHTを知ったのは2001年です。米テキサス州で、話すことも手足を動かすこともできない15歳のネイザン君に会いました。彼は生後6カ月のときにベビーシッターに激しく揺さぶられたとみられ、昏睡(こんすい)状態になり、重い障害が残りました。ベビーシッターは自殺しています。衝撃を受けました。

 日本では、最近無罪判決が相次ぎ、「AHTの過剰診断」を主張する弁護士たちと、長年虐待に取り組んできた小児科医たちの対立が先鋭化し、虐待に対応する現場に萎縮が広がらないか心配しています。

 刑事事件の鉄則は「疑わしきは被告人の利益に」です。全く異論はありません。しかし、福祉の現場では虐待が疑われれば通告するのが国民の義務と法律で定められています。双方が公開の場で建設的な議論をすることはできないものでしょうか。

 アンケートの声からも、赤ちゃんの泣き声に親がイライラするのは珍しいことではないと伝わってきました。子どもを傷つけないためにどうすればいいのか。AHTの危険性を理解し、親を追い詰めない社会のありかたも極めて重要だと思います。大久保真紀

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