せめぎ合い「新冷戦」なのか 現状と今後、識者に聞く

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 昨年12月に始まったシリーズ「米中争覇」ではこれまで宇宙、AI、製造力、軍事の分野で、米中のせめぎ合いを報告してきた。両国は「新冷戦」に突入したのか。覇権争いは激しさを増すのか。米中双方の識者に米中関係の現状と今後の行方を聞いた。

ジャーナリスト ロバート・カプラン氏「『熱戦』防ぐルールが必要」

 ――あなたは現在の米中関係を「新冷戦」と呼んでいますが、なぜそう言えるのでしょうか。

 米中関係はこの数年間で悪化すると宿命づけられていると思います。いくつかの構造的な理由があります。中国はもはやトウ小平から胡錦濤までの間の慈悲深く、賢明だったころの専制国家ではありません。もっと非情かつ抑圧的な専制国家となり、米国との間でイデオロギー上の対立を引き起こしています。

 中国は以前とは異なり、ワシントンのエリート層に友人や協力者を持っていません。米中はすでにサイバー戦争に突入していると言って良いでしょう。中国は米軍施設や防衛関連企業をハッキングしており、米サイバー軍はこれに反撃する能力を持っています。米中双方が5Gを備えた独自のサイバーシステムを開発しています。科学技術は米中対立の新たな領域を生み出しました。こうした理由から私は米中関係は悪化していくとみています。

 ――ただし、米中両国は米ソとは異なり、人的にも経済的にも密接なつながりを持っています。

 米中の経済・金融が米ソよりも絡み合っているのは事実でしょう。しかし、両国の経済的な結びつきは弱まりつつあり、貿易戦争はその始まりです。習近平(シーチンピン)国家主席の下の専制国家・中国はかつての冷戦のように、米国との間でイデオロギー上の対立を作り出しています。米中は西太平洋でも軍事的に対立しています。ゆえに、私は現在の米中関係を「新冷戦」と言い表すのは合理的だと思います。

 ――中国は南シナ海の軍事拠点化のみならず、世界各地で影響力を強めています。中国の戦略をどう分析しますか。

 中国の戦略は巨大経済圏構想「一帯一路」によく言い表されていると思います。現在の中国を例えるなら、イギリス東インド会社の初期段階に似ているでしょう。中国は南シナ海を越え、インド洋を越え、さらには中央アジアを越え、アフリカ、ラテンアメリカへと向かっています。中国は世界中の市場を通じ、中国独自の開発や経済改革を行うことを追求しています。

 中国は壮大なアイデアを持っています。それが「一帯一路」です。米国はトランプ政権のもと、そのような壮大なアイデアは持っていません。環太平洋経済連携協定(TPP)は壮大なアイデアでした。しかし、トランプ大統領がそれを引き裂いたとき、米国は本質的にアジア地域では何のアイデアも持たなくなりました。日本や韓国、フィリピンとそれぞれ二国間関係を持つだけです。トランプ大統領は中国に戦略的な優位性を与えてしまったと思っています。

 米国はTPPに復帰するべきだと思います。TPPは「一帯一路」に対抗できるアイデアです。「一帯一路」のような帝国主義的な考え方をもっておらず、民主的で同じ志をもつ国々が結ばれた緩やかな軍事同盟とも言えるでしょう。ただ、残念なことに、トランプ大統領は興味を持っているようには見えません。

 ――米国にはかつて中国の経済成長を支援すれば中国は民主的な国家になるという期待がありました。もはやそのような期待はなくなったのですか。

 米中間の貿易取引がもっと盛んになれば、中国はもっと民主的になるだろうという主張を私は信じたことがありません。私は民主化が中国にとっての解決策になるとは思わないからです。もしリベラルデモクラシーを中国にそのままあてはめれば、中国では異民族同士が血を流す事態が起き得るでしょうし、国内は新たに分断され、無秩序に陥ることになるでしょう。

 中国は過去30年間、賢明かつ慈悲深い専制国家というシステムのもとでとてもうまくやってきたと思います。私はこれが中国における最良のシステムだったと思っています。中国の民主化が進むというのはとても甘い考えでした。さらに現在に至っては、中国の民主化は不可能だと思っています。

 ――米国内では米中は「引き離し(デカップリング)」をするべきだという意見も強まっています。

 米中のデカップリングはすでに貿易、経済、金融と様々な分野で起き始めていると思います。政治・軍事的な緊張が高まれば、中国国内で活動している米企業は自分たちの安全に不安を覚えるでしょう。アップルのような企業は中国に代わる解決策を探し始めています。これらの事実はデカップリングのプロセスがすでに始まったことを物語っていると思います。

 ――現在の米中関係が「冷戦」ならば「熱戦」になるリスクをどう考えていますか。米国はどうリスクコントロールを図っていくべきだと思いますか。

 次の10~20年間を見据えた米中双方の外交政策の目標は「新冷戦」を「熱戦」になることを防ぐことだと思います。両国には極めて抑制的な行動が求められます。軍同士がお互いに話し合い、ルールを定める必要があります。米ソは冷戦時代にさまざまなルールをつくりました。首脳会談が開かれて核兵器に関するさまざまな条約がつくられ、両首脳が直接話すことができるホットラインも設けられました。いまこそ米中は新たな両国の競争関係についてルールを設けるべきだと思っています。(聞き手・園田耕司

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 52年生まれ。ジャーナリスト。米国防総省防衛政策協議会メンバーなどを歴任。著書に「インド洋圏が、世界を動かす」「地政学の逆襲」など。

J・ステープルトン・ロイ元駐中国米大使「戦略のない米政権に問題」

 ――米国で対中脅威論が急速に強まっています。

 米国は長年、中国に関与してきたのに、西側の民主主義を根づかせることはできなかった――。そんな失望を聞きます。だが、中国を民主国家に改造するなど無理な話です。むしろ米歴代政権の一貫した対中政策は、東アジアにおける米国の国益を維持すること。そのために中国との建設的関係の構築が必要というものです。この原則は今も変わりません。

 中国の世界貿易機関(WTO)加盟を支持したのも米国企業が中国市場によりアクセスできるようにするためです。米国の国益が主眼でした。「リベラルで開かれた中国にするため」というのは外向きの説明。そもそも米国に他国の政治制度を変える力があれば、今のキューバはありませんでした。

 ――トランプ政権は中国を国際秩序の現状変更を目指すリビジョニスト国家とみなしています。

 私に言わせればトランプ政権の米国こそ、リビジョニスト大国です。環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱する。WTOを脱退するぞと脅す。戦後、米主導で築き上げられてきた国際秩序を、「アメリカ・ファースト」を口実になし崩しにしているではありませんか。

 トランプ政権に「戦略」なるものはありません。重要なことが、通常の政策立案プロセスを経ずに大統領の感情や直感で決まります。政府の多くの主要ポストが今なお空席なのも異常です。

 トランプ氏の最大の問題は国際社会をジャングルととらえる思考です。みなが他国の国益を食い物にして自国の利益確保にいそしんでいる弱肉強食の論理です。確かに国際社会には多くの競争があるが、それを上回る規模で協力や協調があることを忘れてはなりません。

 ――米国が過剰に反応しているということでしょうか。

 中国の責任も大きい。他国の知的財産を盗み続けてきました。国内では外国企業を自国企業より不利な扱いをしてきました。こうした振る舞いが米経済界の中国に対する態度を険悪にしました。

 列強への被害者意識が強い中国にとって「富強」は昔からの悲願でした。「外国に好きなようにされないため自らが強くなる」という発想で、基本は自国の防衛。拡張主義ではありません。

 ところが習近平政権は2017年、「21世紀半ばまでに世界一流の軍を築く」と宣言しました。そんな戦力が中国に必要なのか。米国が軍事的に強大なのは、北大西洋条約機構NATO)や日韓など同盟国の安全保障に責任を負っていることと表裏一体です。彼らの安全が脅かされたら彼らを守らねばなりません。だが中国にはその義務はない。だから「中国は世界覇権を狙っているのでは」と警戒を呼び覚ましてしまったのです。

 さらに中国は自国の発展モデルを世界に宣伝し始めました。ソ連と違ってモデルを「輸出」しているわけではありません。「私たちのモデルを学んでみては」くらいのものです。だが、「2035年までに社会主義強国をつくる」と野心的な目標も掲げているため、米側に無用な混乱を引き起こしています。

 ――今の米中関係を「新冷戦」と形容する声も聞かれます。

 賛成しません。私は冷戦時代の9年間、外交官としてソ連に駐在しました。ソ連は自身のイデオロギーを世界に広める明確な意図を持っていて、米国の側には徹底した「封じ込め政策」がありました。米ソの貿易量も微々たるものでした。

 いま米国で起きているのは、各セクターがそれぞれ自分たちの所管分野にかかわる対中脅威論を勝手に語っているにすぎません。相互の調整も一貫した政策の枠組みもない状況で、対中関係が不安定になるのは確かに危険です。

 ――台頭する中国にどう向き合えばいいのでしょうか。

 中国が置かれた状況を分析し、米中それぞれが守りたい本質的な国益を見極めること。ここまでは国益が守られるとの一線と、軍事力を用いるには及ばないと判断する一線の均衡点を見いだすことです。

 中国の本質的目標は「自国防衛」。一方、米国の利益は同盟国を守る信頼性の高い安全保障体制を築くこと。おのおのの利益をきちんと定義したうえで、中国にもの申していく態度が大切です。たとえば「ちょっと待て。あなたたちに空母はそんなにいらないはずだ」と言えばいいのです。

 中国内部の権力メカニズムの分析も欠かせません。軍が急速に強くなるほど統制が難しくなります。習氏が「軍は共産党に従わなければならない」と繰り返すのはそのためです。米国の対中政策は、中国内で軍が共産党よりも優位に立たないよう気を配る必要があります。

 パワーの抑制と均衡を保つための国際連携の強化も欠かせません。たとえば日独の参加を含む国連安保理改革はその一つ。国連以外に地域レベルでパワーバランスを調整する枠組みがあるといいでしょう。たとえば東アジア安全保障の地域システムを作れないか。創造的な発想が必要です。(聞き手・沢村亙

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 35年、中国・南京生まれ。78年、米外交官として米中国交樹立に向けた秘密交渉を担当。91~95年に駐中国大使を務めた。米シンクタンク、ウィルソンセンターの名誉研究員。

賈慶国・北京大学国際関係学院前院長「両国の経済、切り離せない」

 ――米中は通商だけでなく安全保障なども含めて厳しい対立局面に入っています。なぜでしょう?

 米国のエリート層に極めて強い焦燥感がでてきているからです。まず、中国の経済力が米国に急接近していることが不安にさせています。南シナ海や東シナ海などで中国が主権を守ろうとする行動は、米国のタカ派には中国の対外拡張と映る。華為(ファーウェイ)の5G(次世代通信規格)や全地球測位システム(GPS)の中国版『北斗』などハイテク分野でも目覚ましい進展がありました。米国は自らの優位性が蚕食されていると感じているのです。

 ――中国側の変化もありませんか?

 中国は政治的安定を重視し、インターネットを含む世論監視に力を入れていますが、米国のリベラル派はこれを問題視しています。かつて中国政府は南シナ海や東シナ海で「主権は我々にあるが、紛争を棚上げし、共同開発しよう」と呼びかけ、民衆には中国にはまだこの問題を解決できないと伝え、国内経済の発展に精力を集中してきました。しかし、中国が強大になるにつれ、領土紛争を解決するべきだという国内の圧力が増しています。これが海洋の権益や主権問題で中国側が積極的に動く主要な理由ですが、海外からは拡張主義と見られています。

 一部の中国人が「中国はすでに米国を超えた」「中国はあらゆることができる」などと自信過剰になり、そうした意識が一定程度、政策にも反映されて対米関係に影響した可能性もあります。

 ――米中対立は必然だったのでしょうか。

 台頭した国の実力が既存の大国に近づくと、大国の懸念を引き起こします。80年代の日米関係も同じです。ただ日米は似たような政治体制なので日本が強大になっても米国は脅威を感じませんが、中国のように体制が違えば脅威と感じます。ただ、トランプ政権でなくても摩擦は生じたでしょうが、ここまでひどくならなかったと思います。彼の政治手法もありますが、極端な反中意識を持つ一部の側近が中国を抑え込む戦略を強調しています。

 ――国交正常化から40年、中国は米国とどんな関係を作ろうとしたのですか。

 米国は中国を改造し、米国のような国にしようと考えてきました。実際、経済でも政治でも、さまざまな面で中国は米国に近づきました。以前の中国政府は人権について語りませんでしたが、今では人権に関する事業を推進しています。民主主義もあまり語ることはありませんでしたが、今では社会主義的な民主や法治の建設を強化しようとしています。国交正常化のころと比べられないほど中国は米国に接近したと言えます。

 ――それでも米国では中国への関与政策は失敗だったとの見方があります。

 以前の米国人は楽観的すぎたし、今は悲観的すぎます。彼らは中国が大きく変わったことを忘れてしまったようです。中国からみれば、米国の先進的な技術などを学びたいと思ったが、米国のようになるつもりはありませんでした。ここ数年、中国は新たな発展の道を切り開いたと主張しています。西側の発展モデルにならわなくても自らの国情に合わせて成功できることを示しました。

 ――米国のようにならないのはなぜですか?

 米国人は個人の権利を重視し、時に社会全体の利益を犠牲にします。中国では治安維持のために見せしめのようなこともしますが、個人の権利を犠牲にしても公共の利益のために必要と考えます。中国の強みは全精力を集中して大事を成し遂げる挙国体制です。

 ――今の米中関係は「新冷戦」なのでしょうか。

 冷戦に向かいつつあるかもしれないが、冷戦というには隔たりがある。米ソ冷戦にはイデオロギーと軍事の対立、経済上の独立という特徴がありました。中米にはイデオロギーの相違はあるが対立とはいえない。軍事的にも南シナ海や台湾海峡で摩擦はあるが、全面対立ではない。経済関係はむしろ密接で、両国経済を完全に隔絶させるのは難しいでしょう。一部の米国人がデカップリング(切り離し)を吹聴しているが、非常に危険です。中米の経済関係が切り離され、中国が現在の国際システムに利益を見いだせないなら、米国にとって中国は千倍の規模を持つ(北)朝鮮に変わるでしょう。それは米国にとって災難ではないのでしょうか。

 ――今後も米中間の緊張は続くと思いますか?

 米側が冷静になるまでしばらく緊張が続くでしょうが、いずれ緩和します。両国の経済面や安保面の利害が極めて大きいからです。本気で中国に対抗すれば米国内で多くの人が反対します。中国は国際秩序の枠内でより大きな役割を発揮したいと望むが、米国に取って代わるつもりも、国際秩序を覆すつもりもないのです。(聞き手・西村大輔)

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 56年生まれ。北京大学国際関係学院前院長。専門は中国外交、米中関係。中国の国政助言機関である全国政治協商会議常務委員。中華米国学会副会長。米コーネル大学で博士号取得。

(米中争覇)

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