「女子力?何だそれ?」ケニアで奮闘する日本人女性獣医

聞き手・錦光山雅子
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 Dear Girlsを企画した記者たちが連載した「女子力」シリーズ。初回の記事が朝日新聞デジタルに載った1月22日、あるフェイスブックに記事についての感想が投稿され、約30万人に見られました。投稿したのは、ケニアの国立保護区で働く獣医師、滝田明日香さん(41)。女子力への見方のほか、現地でどんな生活を送っているのか、話を聞きました。

「日本男子、男子力なさすぎ」

 女子力の記事は「宴会でサラダ取り分け上手な人?」などの見出しで、どんな時に女子力を使ったり、使われたりしているのかを読者の声から紹介する内容でした。記事を受けた滝田さんの投稿です。

 「こんなことを女のバロメーターにするなんて、日本男子、男子力なさすぎ。何もないへき地で1人で何でもできる私の方が100倍、男子力あるぞ!と自信満々に言える。

 四駆のタイヤだって1人で替えられるぞ、電気配線だって直せるぞ、日曜大工も配管工事も下水処理も出来るぞ、家を土台から建てることも出来るぞ、〈中略〉真っ暗闇でヘリコプター着地出来る場所作ることも出来るぞ、瞬時に危険地を避ける決断力もあるぞ、命に関わる大事件に巻き込まれないようにいつも家族を守る方法を考えて行動してるぞ。

 だけど、こんな女子力はゼロだわ。はっきり言ってビールなんて自分でつぎなさい。サラダなんて自分で取り分けなさい。赤ちゃんじゃないんだから、そんなことは自分でやりなさい!」

 滝田さんはケニア南西部のマサイマラに広がる国立保護区の管理施設で、2008年から獣医師として働き、仕事の様子などを「獣の女医 in アフリカ」(https://www.facebook.com/asukafrica別ウインドウで開きます)というフェイスブックのページで紹介しています。「女子力」の記事もここで紹介されました。首都ナイロビに戻っていた滝田さんに電話で取材しました。

「気合入れないと明日にたどりつけない」

 ――「女子力」の記事、読んでどう思いましたか。

 日本とはあまりに次元が違うところで生きているから、「女子力」が「サラダを取り分ける能力」と言われても、「なんだそれ?」と。5歳児、6歳児でもないのに親にやってもらわないといけないのか、というのが率直な感想です。

 スムーズにいかない毎日の中で、物事を達成しているのがアフリカの毎日。生活水準が整いすぎて、何も努力しなくても明日が来るのが先進国。便利すぎて何もドタバタせずに、体力的にも精神的に苦労せずに、家に戻ってご飯が食べられる。今の時間を生きているというハングリーさがない。あまりにも整いすぎるから、存在しているけど生きていないなと思う。

 私が住んでいるところは、ドタバタしないと明日にならない。四苦八苦しても何もならない。自然の力で振り回されるし、アフリカは気合入れて生きないと明日にたどり着けないことが多い。男性・女性関係なく、「人間力」が必要なんです。

 ――現地の生活は?

 マサイマラ国立保護区の管理施設を運営している団体「マラコンサーバンシー」のレンジャーチームの一員として働いています。国立保護区の中で10年近くテントで生活して、ソーラー電気と雨水で暮らしています。生活の中で、何でも自分でやらないと行けない。毎日のように200~300キロ以上の未舗装道路を運転して生活していますが、車が壊れて10時間足止めされるとか、泥にはまって一晩過ごすとか日常茶飯事です。スペアタイヤがパンクしていて野生動物がいる場所を1人、助けを求めに10キロ先まで歩いたこともあります。

 ケニア生活18年、そのうちマサイマラに12年。痛い目に遭いながら問題を自分で解決していく力がつきました。助けてくれる人もいなかったり、助けてくれてもお金をぼられたり。いろんな意味で簡単なことがうまくいかないので、車の修理からパトロールの仕方、動物の扱い方、災害の時の逃げ方などあらゆる知識がないと、結構困ります。

マサイ族の犬にワクチン

 ――なぜ獣医師に?

 マサイマラ国立保護区で働きたかったんです。米国の大学3年生の時、同保護区のホテルで働いたことがあって、マサイマラの生活に魅せられました。米国の大学を卒業後、ケニアで獣医師になろうと、ナイロビ大学の獣医学部に入り、マサイマラで働く準備をしました。獣医学部を卒業した05年から、マサイマラで牛の治療のボランティアをしながら、保護区で仕事の空きが出るのを待ちました。

 野生動物に疫病が流行した時、流行防止のために、マサイ族の飼っている牧羊犬にワクチンを打ち、野生動物に感染しないよう自分で計画を作って「マラコンサーバンシー」に提案、費用が出ました。野生動物に接触する確率が高い保護区の周りのマサイの犬にワクチンを打てば、集団で免疫がつくから疫病が広がらないんです。最初50頭だけの予防接種が年間8500頭の事業になりました。

 また、追跡犬の育成も手がけました。隣接するケニアのマサイマラ保護区とタンザニアのセレンゲティ国立公園では、野生動物の肉の密猟が頻繁に起きます。このせいで、年間何千頭ものレイヨウ類が干し肉市場の需要を満たすために命を落としています。

 保護区のレンジャーも密猟者を逮捕する権限が与えられていますが、難しいんです。背の高い草が生い茂っている場所もあり、彼らがしゃがむと見えない。だったらにおいで追跡しようと始めたのが、密猟者を追いかけて捕獲する追跡犬の育成です。

 でも、保護区のメンバーは誰も追跡犬を育てるスキルがなかった。インターネットで見つけた米国の追跡犬の学校にメールを出したら、3軒目で返事が来ました。元警察官の女性の夫婦が約40年続けている追跡犬の調教学校です。

 米国で育成した追跡犬2頭と一緒に、6カ月後に夫婦で現地に来てくれました。1、2カ月かけて、犬を操る「ハンドラー」と他の犬も教育してくれました。犬の調教は忍耐力のいる大変な仕事です。知ってたらやらなかったかもしれない(笑)。

 追跡犬を入れて8年で、6匹ほどの犬が約150人の密猟者を捕まえてくれました。密猟者の逃げ先を教えるなどの例も入れたら、逮捕につながった例はもっと多いです。追跡犬チームの育成に成功してから、象牙の密猟対策にも犬を使えないかと考え、象牙と銃器を探知する探知犬も導入しました。

「橋がないところに自分で橋を」

 ――象牙の密猟の実態として、殺されたゾウの写真もフェイスブックページで紹介していますね。

 そうなんです。現在、象牙を使うという行為をやめ、取引もやめようと世界中の国々が足並みをそろえています。今年12月で中国も国内の象牙取引を廃止すると発表し、「象牙大国」の中国までも足並みをそろえることになりました。そんな中で、日本政府はまだ象牙取引に賛成している。中国が取引を禁じたら、違法の象牙は、唯一、合法取引が残っている存在する日本に流れる可能性が高いことは否定できません。こうした背景がある象牙ですが、保護区でもまだ毎日のようにゾウが密猟者の犠牲になっています。探知犬は違法の象牙を見つけ出し、ゾウを殺すための銃器を探知することもできるので、現場でのゾウ保護のためにも働いています。

 ――ないところから作り上げていく仕事ですね。

 「石橋をたたいても渡らない」という友達に、「橋がないところに自分で橋をかけるのが好き」と言ったら驚かれた。チャンスがなければ自分で作ればいい。だって人がやってたら、面白くないじゃないですか。(聞き手・錦光山雅子)

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