夏目漱石「吾輩は猫である」203
「思い切って飛び込んで、頭巾を被ったままヴァイオリンをくれといいますと、火鉢の周囲に四、五人小僧や若僧がかたまって話をしていたのが驚いて、申し合せたように私の顔を見ました。私は思わず右の手を挙げて頭巾をぐいと前の方に引きました。おいヴァイオリンを呉れと二度目にいうと、一番前にいて、私の顔を覗(のぞ)き込むようにしていた小僧がへえと覚束(おぼつか)ない返事をして、立ち上がって例の店先に吊るしてあったのを三、四梃一度に卸(おろ)して来ました。いくらかと聞くと五円二十銭だといいます……」
「おいそんな安いヴァイオリンがあるのかい。おもちゃじゃないか」
「みんな同価(どうね)かと…
【お得なキャンペーン中】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら